地域の方と話していると、
「自分の子どもが都会へ出、そこで家庭をつくって生活している」
という話をよく聞きます。
ここは、
世界有数の豪雪地帯で、
いわゆる“限界集落”がほとんど、
人もお金も情報も集まらない、
いい給料がもらえる仕事はない、
都会のような便利さもない、
オシャレも、クールも、かわいいも、ほとんどまったく関係ない。
ゆえに、ここで生まれ育った子どもたちは、進学や就職の機会に他の都市へ行き、
そこで出会いを得て結婚、そのまま都市で家庭を持って暮らすというケースが多いようです。
あるいは、歳をとった方々がもう自分では雪や田畑のことを扱えなくなり、若い家族とともに住みやすい都会に引っ越す、という場合も多々あるみたい。
“こんなところ”に入ってくる人よりも、出て行く人の方が圧倒的に多いんです。
うちの集落の世帯数は、ここ20年前の四分の一にまでなりました。
わが家の横も下もななめ上も、今は誰も住んでいない空き家です。
先日話を聞いたおじいちゃんの子夫婦も、今は関東の都市に住んでいるそうです。
なんでも、息子さんは大きな企業に勤めていて、朝6時には出勤、帰宅はいつも0時を回るとのこと。
数千万円をかけて家を購入し、家族みんなが乗れる流行りの車を買ったのだそうです。
3人の子どもたちは毎日塾に通って、成績は優秀らしい。
「大きなローンを背負っても、いい会社に入ってたくさん働けば稼げるだろうからなぁ。」
って、おじいちゃんは空の方を見て言ってました。
「こっちも、四季折々いろんな野菜や山菜もおいしいし、ゆっくり気楽でいいけどねぇ」って。
おじいちゃん、息子さんの生活とここでの生活、どっちがいいとかは言いませんでした。
結局のところ、どっちでもよく、問題はどこで暮らすかではないんでしょう。
ただ、高い土地に立派な家を建てて流行りの車を買っても、数十年のローンを組んで、毎日朝早くから夜遅くまで仕事しても、自分も子どもたちも忙しくて・・、いったい、
何のための家なんだろう・・、
何のための車なんだろう・・、
何のための仕事なんだろう・・、
何のための家族なんだろう・・、
そして、何のための人生なんだろう、
空を見ながら話すおじいちゃんの心の中ではそんなことを言っているような気がしました。
「何のための人生か―」。
もしその問いに答えがあれば、その本質に対して真っ直ぐなものだけを大事にすればいいのにね。
少なくとも、お金のため、家のため、車のため、仕事のための人生ではないんだろうと思います。
この土地で自分の人生をかけて一生懸命子どもたちを育て送り出してきたおじいちゃん。
とおく空を見る目が、とても心に残りました。