わが家の田んぼ、いろんなことがありながらも、稲はなんとか育っています。
稲だけじゃなくて、畦や田んぼの中の草たちも、いい勢いで伸びてる。。ひゃーー。
そりゃそうだよね、伸びてほしい稲だけが都合よく伸びるわけないんだから。
なので、少しずつ、畦の草刈りや田の中の草取りをしてます。
一般的には除草剤をまいて一掃するんだけど、僕はできる限りは手足からだを使ってがんばってみようと。
今日も、稲の間をぬいぬい、田の底を這いつくばるようにして、田の中の草を抜き取っていました。
腰を曲げて、田んぼの底に顔を近づけ、両手で泥の中の草の根をつかみ取りながら、抜いていきます。
ほーんと、まさに、這いつくばるように。汗もだくだくです。
そうしていると、田んぼの底がよーく見えるんです。
普段から、畦から葉の色を見たり、水の様子を見たりしてるけど、こうして田んぼの中に入ってぐっと近づいてみると、田んぼとの距離がまた一歩近づく。
始める前は、めんどくさなぁと思う草取りも、田んぼの底に顔を近づけ、しばらく向き合っていると、めんどくささなんてどこかに行ってしまいます。
それどころか、ほんの小さな草も気になり始めて抜くようになるし、始める前は目にも入ってなかった草が見えてくるし、
葉の様子、畦の状態、水の量など、いろんなことに気になり始める。
目を、身を近づけることって、心を近づけることにつながる。
これって、田んぼだけじゃないよね。
子どもに対してもそう、家のそうじもそう、どんな仕事もそう。
自分をぐっと近づけて、しばらく向き合ってみると、自分とそのものの距離が一気に近づき、見えてなかったことまで見えてきます。
“見えなかったことがみえてくる”んだから、とても大事なことだよねぇ。
そういえば、こないだ会ったフィリピンの方が、初めて会って話したばかりなのに、僕の肩を組んでぐっと引き寄せてくれたとき、とっても暖かく、心地よく感じたっけな。
僕がこうしてぐっと近づいてみて、田んぼの稲も心地よく感じてくれたかなぁ。